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熊本地方裁判所玉名支部 昭和45年(ワ)43号 判決

原告(反訴被告)

佐々木政治

外一名

代理人

坂本原一

坂本佑介

村上新一

被告(反訴原告)

向坂亘

代理人

井上允

主文

一、被告(反訴原告、以下同じ)は、原告(反訴被告、以下同じ)佐々木政治(以下政治之略称する)に対し、別紙第一物件目録記載家屋につき、その一階居間西北部に設けてある中庇式鉄板葺屋根をその北側先端から三〇糎(別紙図面(一)表示の(あ)(い)(う)(え)(あ)の各点を順次連ねる矩形部分)、同二階の北側瓦屋根をその先端から一〇糎(別紙図面(一)表示の(お)(か)(き)(く)(け)(お)の各点を順次連ねる矩形部分)宛、それぞれ短縮せよ。

二、原告政治の本位的請求中、その余の請求及び原告佐々木オリエ(以下原告オリエと略称する)の本位的請求ならびに原告等の第一次乃至第三次各予備的請求を棄却する。

三、原告政治は被告に対し、別紙第二物件目録記載家屋につき、その南側瓦屋根中別紙図面(二)表示のA、X、L、M、N、O、Aの各点を順次連結した線内部分の屋根を収去せよ。

被告の反訴請求中その余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は本訴、反訴を通じ、原告政治と被告との間においては同原告に生じた費用の一〇分の二を被告の負担としその余は各自の負担とし、原告オリエと被告との間においては全部同原告の負担とする。

事実

(甲)本訴について

第一、当事者の申立

一、原告等

(A)本位的請求(日照権に基づく妨害排除請求)

1 被告は原告等に対し、別紙第二物件目録記載の原告佐々木政治の所有に属し、かつ原告両名が居住する建物(以下原告等建物と略称する)の南隣に膚接して被告が新築しつつある家屋を原告等の生活ならびに営業上必要な日照・通風を妨げない程度に現在位置より南側に移転せよ。

2 被告は原告等に対し、原告等建物の客室に向け、かつこれに接近して設けておる便所を右客室から見えない被告敷地内の他の場所に移転せよ。

3 被告は原告等に対し、新築家屋の床下部分についてなした地盛りを撤去し原告等家屋の床下部分と同じ高さにせよ。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

(B)第一次予備的請求(日照権に基づく賠償請求)

1 被告は原告各々に対し、金一七五万円およびこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(C)第二次予備的請求(相隣権に基づく廃止変更請求)

1 被告は原告等に対し、被告新築家屋中別紙図面(三)表示の(イ)(ロ)二点を結ぶ直線にその南側五〇センチメートルにおいて平行する東西の直線以北の部分を収去せよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求める。

(D)第三次予備的請求(相隣権に基づく同一部請求)

1 被告は原告等に対し、被告新築家屋中別紙図面(三)表示の斜線部分に該当する軒先部分を切り取り撤去せよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告

(A)原告等の本位的請求に対し

1 原告等の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告等の負担とする。

との判決を求める。

(B)原告等の第一次予備的請求に対し

1 原告等の第一次予備的請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告等の負担とする。

との判決を求める。

(C)原告等の第二次予備的請求に対し

1 原告等の第二次予備的請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告等の負担とする。

との判決を求める。

(D)原告等の第三次予備的請求に対し

1 原告等の第三次予備的請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告等の負担とする。

との判決を求める。

第二、原告等の本位的請求原因

一、原告佐々木政治(以下政治と略称する)は、玉名市立願寺字惣荻五六四番地に別紙第二物件目録記載の建物を所有し、原告佐々木オリエ(以下オリエと略称する)は、右政治の妻で右政治所有建物を使用し昭和三六年頃から「曙荘」と称する温泉旅館を営んでいる。

二、右建物は二階建で原告等家人の居室等のほか階上階下に数室の客室を有し、原告等は右建物の階下にある居室、帳場、寝室等に居住して生活している。

三、しかるところ、原告政治の所有に属し、同オリエの右営業に使用し、かつ原告等夫婦及び家人が居住する右建物(以下原告等建物と略称する。)の敷地(上立願寺区共有)と同地番内で、右敷地の南側に隣接する宅地(同区共有)を賃借している被告は、右原告等建物に膚接して同四三年二月下旬頃から木造瓦葺二階建家屋(一階54.1025平方米、二階46.7875平方米)の新築に着手し目下その建築実施中であるが、右建築に当つては、その床下部分を一尺余も土盛りして高め、かつ屋根の軒先を原告等建物のそれに重畳するように突出させて建築施工している。

因みに原・被告両敷地の境界線は、必らずしも被告主張のごとく当初より明瞭だつたものではなく、もとよりその主張の線ではない。

四、被告の右家屋新築により、原告等建物の南面する部屋は悉く陽光を奪われて昼猶暗く、また通風も最悪の状態となり、原告等はその居住生活に甚大な打撃を被むつておるのみならず投宿客も激減し従前月三〇万円を挙げていた旅館営業による収入もわずか六万円に減少するにいたつた。

五、ところで、被告は右家屋新築に際し、これによつて原告等がその日照、通風を奪われ多大の損害を被むるべきことを知悉していたのみならず、積極的害意さえもつていたものである。

このことは、つぎのような事実から優に窺い得るところである。すなわち、

(1) 被告は前記家屋の新築に際し、原・被告両敷地間に生立しておつた樹木(杉の木等)を夜間ひそかに伐り倒してしまつた。

およそ隣接宅地間に樹木が存する場合、それが右宅地間の一応の境界線を示すものであることは世上よくあることである。

したがつて、被告が右樹木を夜間伐り倒してしまつたということは、その境界の目じるしとなるべきものを故意に不明確にすることによつて、被告家屋の新築が隣家の日照権の侵害または相隣関係規定の違反となることを隠秘しようと企てたものとしか考えられない。

(2) 被告は、日照・通風に対し最も関心と知識を有するところの環境衛生関係行政官(熊本県荒尾保健所環境衛生課吏員)であり、旅館営業の許可については、とくに日照・通風の整備が要求されるものであることを十二分に了知しておつたのであるから、その家屋新築に際しても、これにより原告等建物はその日照、通風を著しく妨げられる結果となり、新たに営業許可の申請をなす場合は不許可となるべきものであることを十分承知しておつた筈である。

したがつて、かかる事情を知りながら、あえてその家屋を原告等建物に膚接して建てたことは、被告に害意のあつたことの徴表とみざるを得ないものである。

(3) 被告は、前記のごとくその新築家屋の屋根を原告等建物のそれに蔽いかぶさる程度に接近して建築し、また右家屋の床下部分を一尺余も高くした。

被告宅地内にはその南側等に未だ十分な空地があつて、みぎのごとく原告等建物に膚接して新築する必要は毫もないものであり、また原・被告両宅地はもともと水はけのよい場所であつて、土盛り等の必要もないのみならず、もし両敷地のいずれか一方に土盛りをすれば他方への流水が当然考えられるものであるから、被告が右のごとくあえて原告等建物に膚接して新築したり、土盛りをしたことは、原告等に損害を与える旨の害意があつたものと断ぜざるを得ない。

以上を綜合すると、被告は原告等に対し、故意に損害を与えようとの意図のもとに該家屋の新築にかかつたものとしか考えられないものである。

六、そうすると、被告の該隣接家屋新築(床下部分の地盛りを含む)による原告等建物に対する日照・通風の妨害は、快適で健康な生活の享受のため必要不可欠な原告等の生活利益を阻害し、かつ同人等において社会通念上一般に受忍すべきものとされておる限度を越えるにいたつたものであつて、違法な生活妨害ないし人格権侵害もしくは権利濫用等として不法行為を構成するものであることが明らかである。

七、また、被告は原告等建物二階客室の真正面に、かつこれに極く接近して便所を設けており、これまた原告等に対し受忍し難い不快感を被らしめておるものであつて、右同様違法な生活妨害として不法行為を構成するものである。

八、ところで、被告宅地内には前記のごとく未だ十分な空地が存するので、新築中の家屋を移転させることは可能かつ容易であり、比較的僅少な費用をもつて足るのであるから、原告等は被告に対し、みぎ不法行為による妨害の排除として該新築家屋(便所を含む)を原告等の日照・通風を妨げない位置にまで移転することを求める権利があるものといわなければならない。

九、よつて、請求趣旨記載の判決を求めるものである。

第三、本位的請求原因に対する被告の答弁ならびに主張

一、原告等主張の請求原因第一、二項の各事実は認める。

二、同第三項の事実中被告新築家屋(以下被告家屋と略称する。)の屋根が原告等建物のそれに重なつているとの点、地盛りの程度ならびに原・被告両敷地の境界線が不明確であるとの点は、いずれも否認する。

被告家屋の屋根と原告等建物のそれとは一直線に相接する状態となつておるが重畳しておらず、また原・被告両敷地の境界線は当初より極めて明瞭だつたものである。

なお、被告が右家屋の床下(敷地)部分を些か地盛りしたことは認めるが、その程度は原告等主張のごときものではない。

三、同第四項の事実中原告建物が被告家屋の新築により日照・通風等に多少の影響を受けるべきことは認めるが、その程度は争う。

また原告等の収入減少の事実については不知。

なお、右減少の事実が仮りにありとするも、それと被告家屋新築との間の因果関係は否認する。

四、同第五項の事実中被告が熊本県荒尾保健所勤務であることは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち

(1)原・被告両敷地の境界線は、原告等敷地の前賃借人であつた訴外大森作太が所有者の上立願寺区よりこれを賃借していた当時から被告が現に主張しているとおりの線(別紙図面(一)表示のA、O、Yを連ねる線)として争いがなく、同訴外人が昭和二五年頃被告旧宅(新築工事中の家屋の東側に建つているもの)の北側にある現在立願寺温泉警察官派出所となつている建物を建築した際にも同訴外人は該境界線を確認しており、その後同訴外人の賃借地の一部を転借した原告政治が昭和三六年頃その旅館の建物建築に着手し、被告側から境界線の関係で異議を申立てた際も、原・被告ならびに上位願寺区共有者代表等の三者が立合つたうえ、被告主張の線が両宅地の境界線であることをを確認し合つたという事実が存し、該境界線については従来から極めて明瞭なことに属し、原告等主張のごとく到底両宅地間生立樹木の伐採等によつてこれを不明確になし得る性質のものではない(境界線が被告主張の線であることは、証人穂本義岳同三井工同岩井茂同寺田安太等の各証言ならびに鑑定人徳永和人の鑑定結果に徴するも明白である)。

(2) 被告家屋は、原告等敷地との境界線から民法相隣関係規定所定の離隔距離を十分置いて建築されておるものであり、勿論右家屋の屋根庇(軒先線)が原告等建物のそれに蔽いかぶさつておるというようなこともない。

(3) また、被告が右新築に当つて多少の土盛りをしたことは前記のとおりであるが、これによつて生じた原・被告両宅地間の高低差は全く問題とするに足りない僅少のものでありむしろ本件程度の地盛りは建築基準法第一九条の要求するところでもあつて、極めて適切かつ当然の措置というべきである。

なお、両地境界線附近の現状よりすれば、原告等主張のごとき被告方敷地より原告等方敷地への流水等は殆んどあり得ないことである。

以上のごとく、被告が原告等に対し、故意に損害を被むらしむる意図のもとに前記家屋の新築にかかつたものである旨の原告等主張の臆断にすぎないことは極めて明白であるといわねばならない。

五、同第六項の事実は否認する。

六、同第七項の事実も否認する。

該便所は、いわゆる水洗式便所でもあり、加えて原告等方客室からそれが見えるとしても、それは他の建物部分と格別変りのない外壁と窓のみであるから、その程度をもつていわゆる社会共同生活を営む上における受忍の限度を越えるものとは到底考えられないところである。

七、同第八項の事実も否認する。

とくに被告家屋を現在位置より他へ移転することは、その基礎工事との関係からしてもこれを全面的に解体のうえやり直す必要があつて、相当巨額の費用を要することは自明の理であり、原告等主張のごとく到底僅少な費用をもつて足るものではない。

また、被告方宅地の南側部分は、被告においてこれをその意思に従つて庭または将来の増築予定地等として自由に使用し得る権限内にあるものであることは当然であり、原告等の指示等に従うべき法律上の義務など毫もある筈はなく、被告としては民法上の相隣関係規定に違反しない限り、原告等との境界に必要以上の空地を置くべき法律上の義務は全く存しないものである。

八、そもそも、日照・通風は隣人の土地を横切つていわば恩恵的に得ていただけに過ぎず、当該隣人の正当な権利行使である土地利用の一方法たる地上建物の建築によつて右日照・通風に妨害を受くるに至つたからといつて、直ちにその正当な権利行使を排除し、またはこれを変更せしめるまでの所謂物権的請求権までをも認むべき権利ではあり得ない。

もとより妨害者において積極的善意の認められるがごとき場合に限つては、あるいは被害者に妨害排除の権利等まで認むべき場合もあり得るであろうが、そのような場合においても、なおかつ日照・通風の妨げとならない部分をも含む当該建築物全部を他に移転せしめるというがごとき権限までをも被害者に認むべきものではなく、その当然受け得べき日照・通風の障害となるべき部分のみの除去に限定さるべきものであることは当然である。

ところで本件においては、被告は従前から争いのない原告等方敷地との境界線より民法所定の相隣関係規定以上の距離を置いて係争建物を建築しており(因みに、被告が新築中の住家の外壁線は、その西側において六二センチメートル、同東側において七一センチメートルの距離を該境界線との間に置いている。)、被告に何らの法規違反の点なく、もとより原告等に対する積極的害意などをもつ事情も理由も全く存在しない。

かえつて原告等こそ、その旅館建物の建築に当つて真実の境界線を知りながら敢て強引に民法相隣関係の規定に違反し、かつ建築基準法にも違反する建築を強行した(因みに、境界線と原告等建物の外壁との間の距離はその西側において二九センチメートル、同東側において二七センチメートルしかなく、かつ同建物の軒先は西側、東側共に一八センチメートル、最も甚しいところで二二センチメートルも被告方敷地内へ越境しており、なお原告等建物の南側窓は建築基準法第二八条および同法施行令第二〇条所定の採光に必要な窓面積に不足する違反があつて、原告等建物の構造自体にそもそも採光通風不足の一原因が存したのである。)ばかりでなく、将来その南側に当る隣地に被告がその正当な権限内において建築物を構築する場合(このことは、本件地域が立願寺温泉街の中心たる商業地帯に位置し、旅館、商店等が軒と壁を接して林立している状態から当然予想され得たものである。)においては、これによつて当然自己建物の日照・通風に影響を受けざるを得ないことは十二分に認識し得られたにも拘らず、敢て南側隣地との間に然るべき距離または空地を置くことなく境界線に殆んど膚接して昭和三六年その旅館建物を建築したものであるから、今日原告等が被告の正当な権限内の建築(本件係争家屋がその高さ・位置等において正当な権限内の建築に属することは明らかである。)によつて、日照の遮蔽、通風の阻害等いかような影響を受けようとも、それは原告等において当然予期し得た筈の自業自得の結果に過ぎず、これをもつて本件係争家屋建築の差止めないし同家屋の移転等を請求することは、まことに責任転嫁も甚だしいものといわねばらない。

第四、被告の右主張に対する原告等の反論

一、被告は原・被告両敷地間の境界線は極めて明白であると主張し、証人稲本義岳同三井工同岩井茂同寺田安太等の各証言ならびに鑑定人徳永和人の鑑定結果等を援用するが、原・被告いずれの境界線によるも、右両敷地の面積差は僅々一坪に満たないものであるところ、従来周辺の道路や石垣の各補修等によつて該土地はいく分ずつ変容してきているものであり、かつ両敷地とも上立願寺区の共有に属し、原・被告はいずれもこれを賃借しているに過ぎないものであるから、当事者にその境界について自己所有地の場合のごとき熾烈真摯な関心があつたわけではなく、したがつて既往に右境界が真剣に問題化したというようなこともあつたものではなく、従来数次に亘つて行われた測量も部落責任者のおおまかな提言によつてなされたもので、その基礎自体が極めて不明確だつたものであるから、これらの事情を考慮するときは、前記証言や鑑定の結果は、ただちにこれを措信することはできないものである。

二、右のように、隣接する両敷地が同一地番のこまぎれ的な賃貸借により生じたものであつて、当初から明確な境界線などがなかつたような場合(因みに被告敷地が最初より73.87平方メートルときまつておつたというような事実もないのである。)には、その境界は両隣接地間の事実的占有関係によつてこれを決定するのが相当の措置というべきであり、かつ右事実的占有は両地間に何らかの境界らしきものが存するときはこれによつて同占有の範囲を制すべきものであるといわなければならない。

ところで本件において右境界らしきものと認められるのは、証人木下定義の証言にかかる原・被告両宅地間に曾て東西に延びていたという生垣(それは通り抜けのできない程度のものであつたから両地を劃するに適するものであつた)であるから、右生垣の内側をもつてそれぞれ各自の賃貸借占有地と目すべきものである。

三、仮りに被告主張の境界線に数値的観点から合理性が認められるとしても、原告等としては前借地人の訴外大森剛より引継いで終始生垣の線(これは恰度原告等主張の境界線に該当する)から北側の地域を占有使用してきたのであり、この間被告から何らの異議も、苦情も出なかつたのであるから、同地域についてはすくなくとも継続的無償占有(使用)の黙認関係が存し、原告等の取得時効による賃貸借権等の存在を肯定できるものである。

四、これを要するに、原告等としては、結局のところその主張する境界線が真実の境界線となるものと思料するものである。

五、原告等が昭和三六年頃その旅館建物を建築するに際しその南隣りの空地(被告敷地)に将来被告が建物を築造するかも知れないということは全然予想しなかつたわけではないが、現状のごとく、既設の隣家建物に膚接し屋根を重畳してまで建築するというようなことは全く予期しなかつたところであり、かかる健全な社会通念から到底考え得られないような建築をも原告等が受忍する義務ありとは到底首肯し得ないところである。

第五、原告等の右反論に対する被告の再反論

一、原告等は、原・被告両敷地間にもと存したと称する生垣の線以北の土地について仮定的に賃借権の時効取得を主張するが、該時効要件の存しないことは明白である。

二、本件証拠調の結果によれば、むしろ原告等の前借地人たる訴外大森作太と被告との間において夙に被告主張の線が境界線とされていたことが明らかであるうえ、昭和三六年原告等が前記旅館の建築を始めた際被告側から境界線の関係で異議を申立てた(被告が本訴に至るまで境界線のことに関連して異議を申し立てたようなことは一度もなかつたという原告等主張は全く虚構である。)結果、原・被告ならびに上立願寺区共有有者代表等三者が立会のうえ、被告主張の線が境界線であることを確認し合つた事実さえ明白となつたのであつて、原告等主張のような事実は毫も存しないのである。

三、その他境界線についての原告等主張は、民事訴訟の採証法則にも反する独自の我田引水論であつて、全く論外の沙汰というほかない。

第六、原告等の第一次予備的請求原因

一、本位的請求原因において述べたごとく、被告の本件係争家屋新築により、原告等建物の日照・通風等は極度に阻害されるにいたつたので、もしその不利を少しでも免れようとすれば原告等としては現在の建物を三階建に改造せざるを得ないところ、右改造には現建物の柱(木柱)に付加して新たに鉄筋の副え柱を設けねばならないのみならず、床面積の増大(三階床面積二〇坪)、二階の階段取付け、それに伴う二階の改造等の新規工事を必要とし、みぎ床面積増坪に二〇〇万円(一坪当り一〇万円)、階段取り付け、二階改造等に五〇万円合計二五〇万円の出費が必要となり、原告各自ではこれを二分した金一二五万円宛となる。

二、また、原告等は被告の新築工事以来これまで、日照・通風の極度に悪い帳場・居間においての生活を余儀なくされ、精神的に苦痛を受けたが、みぎ慰藉のためには、原告各々に対し各金五〇万円を相当とする。

三、よつて被告は原告各々に対し、各金一七五万円を支払うべき義務がある。

四、もしまた右のごとく三階建に改造することは相当でないとすれば、原告等としては現在の建物の状態で営業を続けることになるが、然りとした場合における原告等の被むるべき損害はすくなくとも年額五〇万円を下らないことが明らかである。けだし、本件の検証並びに鑑定の結果でも明白なように、原告等旅館の階下の部屋は客室としては完全に使用不能であり、家人の居室にさえならず、現に物置同様の利用度しかなく、また二階の部屋も一旦投宿のため同室に至つた客があきれて止宿の意を飜えすほどであり、もし仮に止宿しても周知のごとく旅館代は食事より部屋の良し悪しに左右されるものであるため、通常の旅館代は到底とれない現状にあるからである。

ところで原告等の敷地は、前記所有者との間に今回(昭和四四年三月末日)その賃貸借契約を更新したので、最少限今後二〇年間は原告等において同所で旅館を営むことが可能である。

そうすると、右営業可能期間(二〇年間)における損害の総額は一、〇〇〇万円で、これを現在一時に請求するとしてホフマン式計算法(年毎累計式)により中間利息を控除すると六八〇万八、〇三三円(円位未満切捨)となる。

さらに、日照・通風の阻害が原告等の受忍の限度を越えている現状において、原告等が今後二〇年間現家屋において起居を強いられるとすれば、その精神的苦痛は甚大で、すくなくとも原告各々一〇〇万円の慰藉料によつて贖わるべきものである。

そうすると、もし三階建に改造することを相当としないときは、原告等に生ずるところの損害は総額八八〇万八、〇三二円を算することとなる。

五、然りとすれば、すくなくとも三階建に改造するに必要な金員および現在までの精神的慰藉料の合計額である原告各々について金一七五万円宛の代償債務を被告において負うべきことは当然であるといわなければならない。

第七、第一次予備的請求原因に対する被告の答弁ならびに主張

一、原告等の第一次予備的請求原因第一乃至第三項の事実は否認する。

すくなくとも、被告の係争家屋新築と原告等主張のその建物を三建に改造することの必要性等との間には相当因果関係を欠く。

勿論みぎ請求金額の内容もすべて争う。

二、同請求原因第四項の事実も否認する。

原告等旅館における収入の減少事実は不知であるが、仮りに右減少事実がありとするも、それが被告の係争家屋新築との間に因果関係があるというようなことはない。

近次のいわゆるレジャーブームに乗つて高層鉄筋高級ビルのホテルないし旅館の新・増築が相次いでいる立願寺温泉地帯においては、原告等旅館の構造、程度をもつてしては、他に客を奪われるのはむしろ当然であり、もし原告等に収入の減少があるとすれば、それはまさにかかる事情によるものというべきである。

仮りに被告に何らかの賠償義務があるとしても、原告等側にも民法相隣規定に対する違反が存するのであるから、右過失について当然過失相殺のなされるべきことは勿論、今後いかなる形で完成されるか、あるいはいついかに修正改造されるか、またいついかなる事情によつて消滅倒壊するやも知れない被告新築建物について、それが今後二〇年間現状のままであることを前提として損害を計算し、ないしは将来生じ得る可能性もあるという不確定な見込損害を今日直ちに現実のものとして請求するというようなことは、まことに失当であるといわねばならない。

また原告等にいく分かの日照・通風の阻害を来たしている事実があるとするも、その受忍限度を越えておるものではないことが明らかであるから、これによる慰藉料支払の義務の存しないことも、もとより当然である。

第八、原告等の第二次および第三次各予備的請求原因

一、原告等敷地と被告敷地との間の境界については既述のとおりであつて、該境界線は別紙図面(三)表示の(イ)(ロ)二点を結ぶ直線およびその延長線というべきである。

二、しかるところ、被告新築中の家屋は、その外壁が該境界線の(イ)点から二五セントメートル、同(ロ)点から二二センチメートルの各距離しかなく、民法相隣規定所定の離隔距離を存しないことが明らかである。

三、したがつて、原告等は被告に対し、同法第二二四条により、被告新築家屋中両敷地の境界線たる右(イ)(ロ)の線からこれに平行してその南側五〇センチメートルの直線以北の範囲内にある部分について、その収去を求める権利のあることが明らかである。

四、また、もし仮りに被告の右建物本体部分までの収去は相当でないとしても、すくなくとも右境界線((イ)(ロ)の直線)を越える被告建物軒先部分(別紙図面(三)表示の斜線部分)については、当然同人においてこれを切除すべき義務があるものといわなければならない。

第九、第二次および第三次予備的請求原因に対する被告の答弁ならびに主張

一、原告等主張の両敷地の境界線は否認する。

右境界線は、被告が主張し、かつ所有者たる上立願寺区代表者等が証言している線、すなわち鑑定人徳永和人作成の鑑定図面(昭和四四年一〇月一七日付、同四六年三月三日付)表示の線であつて、これによれば被告新築中の建物は右境界線から法定の五〇センチメートル以上の距離を存することが明らかであるから、毫も民法第二三四条第一項の規定に違反するものではない。

二、仮りに然らずとするも、被告住家の新築工事は昭和四三年二月下旬遣方を出し、建築続行禁止の仮処分決定日たる同年四月一五日頃は既に現状のとおり、外観は八割程度も完成していた(このことは裁判所の第一回検証の結果からも認め得られることと考える。)ことが明らかであるのみならず、右建築着手の日より今日(原告等の民法第二三四条第一項に基づく建物収去もしくは軒先部分切除請求の日である同四五年一〇月六日)まで既に二年以上を経過しているのであるから、同条第二項により原告等の該請求が許されないことは明らかである。

よつて、右第二次予備的請求は失当である。

三、つぎに、被告新築建物の軒先線も該境界線を越えておらず、すなわち原告等敷地内には毫も入り込んでいないことが前記鑑定図面により明らかであるから、原告等の第三次予備的請求の失当であることも論を俟たないところである。

(乙)反訴について

第一、当事者の申立

一、反訴原告

1 反訴被告政治は反訴原告に対し、別紙第二物件目録記載の同被告所有建物中別紙図面(二)表示のA、X、L、M、NO、Aの各点を順次連結する線内に該当する同被告所有建物の軒先部分(斜線部分)を切り取り除去し、かつ同目録記載建物の南側窓全部に、反訴原告方宅地を観望できないよう目隠をなせ。

2 反訴訴訟費用は反訴被告の負担とする。

との判決を求める。

二、反訴被告

1 反訴原告の請求を棄却する。

2 反訴訴訟費用は反訴原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、反訴原告の反訴請求原因

一、反訴原・被告は共に玉名市上立願寺区共有地の同市立願寺惣荻五六四番地内土地を賃借し相隣接して建物を所有しているものであるが、反訴原告は昭和四三年三月頃から反訴被告所有の別紙第二物件目録記載建物の南側に隣接して、木造瓦葺二階建居宅一棟(別紙第一物件目録記載建物)を新築し始めたところ、同年四月一五日同被告の申請によりその所有建物に対する日照・通風の妨害となるので新築工事を続行してはならない旨の仮処分を受け、目下貴裁判所において、原・被告間の日照妨害排除に基づく新築家屋移転等請求の訴(昭和四三年(ワ)第三一号)として審理中である。

二、右訴において反訴被告の請求するところは、反訴原告新築中の建物が同被告方建物の日照・通風の妨害となるのでもつと南側に移すことおよび同原告新築中建物の便所が同被告方客室から見え、不快感に堪えないので、これを他に移すこと等を内容とするものである。

三、しかしながら、右審理において明らかとなつたごとく、反訴被告方建物の南側屋根のうち、別紙図面(二)表示のA、X、L、M、N、O、Aの各点を順次連結する線内部分は何らの権限もないのにも拘らず境界線を越えて同原告方敷地内に入り込みこれを占有しているものであるから、当然該部分は切除撤去さるべきものであり、かつそれによつて同被告の求めている同人方建物南側の日照・通風にも好結果を与えるにいたることが明らかである。

さらに、同被告主張の「同原告方の便所が右被告旅館建物の客室からまる見えで不快感に堪えない」旨のことについては、そもそも同被告方建物の南側窓全部が原・被告両敷地の境界線から一メートルに満たない距離にあり、したがつてかかる場合には民法第二三五条により当然同被告において右窓全部に目隠を附すべき義務があるにも拘らず、該義務を懈怠しているがためで、自ら招いた結果にほかならず、願みて他を言うにひとしいものである。

そこで、反訴原告として将来とも反訴被告方から観望されることを防止するため、この際同被告に対し、右法定の目隠の設置をも併わせ求むるものである。

第三、反訴被告の答弁ならびに主張

一、反訴請求原因第一項は認める。

二、同第二項も認める。

三、同第三項中反訴被告所有の建物が反訴原告の敷地内に侵入しているとの点は否認する。

その余の事実は悉く争う。

四、なるほど、反訴原告主張の境界線を基準とすれば、反訴被告建物の軒先線は右境界線を越えていることになるが、右境界線は反訴被告の認めないところであり、むしろ同被告主張の境界線こそ妥当性合理性を有するものであつて、これによれば反訴原告新築中の建物こそ同境界線を越えておるものである。

したがつて、反訴被告がその所有建物の軒先線を切除撤去しなければならない理由などは毫も存しないものというべきである。

仮りに百歩を譲り反訴原告主張の境界線が肯認されるとしても、反訴被告所有建物は既述のごとく昭和三六年に建築されたもので既に九年を経過しており、民法第二三四条第二項によれば相隣権者は法定の五〇センチメートルの隔離距離を置かずに建物の建築にかかつた隣人に対し、右建築着手後一年内に限り該建築の廃止または変更を請求し得るに止まり、右期間経過後はかかる請求権を喪失するものとされておるところ、反訴原告は右九年間に反訴被告の建物の構造等に対し何らの異議も述べず、かつ何らの要求もしておらないのであるから、すでに相隣権者としての右権利を喪失しておるものというべく、したがつていずれにせよ、反訴原告は反訴被告に対し、その建物軒先線の切除撤去を要求する権利はないものといわなければならない。

また、民法第二三四条第二項の規定は窓の目隠設置等の建築構造についても適用さるべきものと考えるので、反訴原告は反訴被告に対し、右目隠設置の要求権もすでに喪失し、これを主張するに由ないものといわなければならない。

第四、反訴被告の右主張に対する反訴原告の反論

一、民法第二三四条第二項の規定が同法第二三五条の目隠設置、または境界線を越境した軒先の切除撤去にまで適用があるとの反訴被告の主張は否認する。

二、なるほど、境界線を越境しない軒先部分については、民法第二三四条第二項の適用があるかも知れない。同項はまさにその趣旨である。

しかしながら、境界線を越境する軒先部分については、同法相隣関係規定の規制するところではない。

それは、所有権、占有権その他物権化された権利に存する妨害排除権能の作用する部面である。

されば、反訴原告としても、反訴被告方建物軒先のうち、境界線を越境しない部分までの切除撤去は毫もこれを求めていないのである。

反訴原告が求めておるものは、境界線を越えた反訴被告方建物の軒先部分だけであり、かつそれは土地所有権者たる上立願寺区よりの賃貸権(物権化された借地権)に基づき、反訴原告が借地の完全なる占有使用の妨害となるべき他人の一切の行動の排除を求め得ることを根拠としておるものである。

三、さらに民法第二三五条所定の目隠設置義務については、反訴被告主張のごとき制限規定は設けられておらず、また専ら境界線から隣地建物までの距離のみを規制の対象とし、建物構造まで規制しているものではない同法第二三四条を拡張解釈して相隣者の目隠設置義務の消長にまで及ぼすことのできないことは勿論であるから、反訴被告の目隠設置義務は既に消滅に帰した旨の同被告の主張の失当であることもいうまでもないところである。

そもそも、法が相隣者の目隠設置義務については、民法第二三四条第一項のごとき制限規定を設けなかつたのは、該義務の履行は、建物を移動させたり、あるいはその重要根幹部分を切り取る等の重大な結果を不可避とする境界線よりの離隔距離保持の義務(民法第二三四条第一項)の履行とは全くその性質を異にし、たとえ建築完成から数年を経過した後においてもその義務者にとくに酷を強いる結果となるものではないということを顧慮したためである。

第五、証拠〈略〉

理由

(甲)本訴について

第一本位的請求について

一原告等と被告の各敷地が、いずれも玉名市上立願寺区の共有に属し、かつ同番地である同市立願寺字惣荻五六四番地上に所在していること、原告政治は右地番内の北側に別紙第二物件目録記載の建物を所有し、同オリエは右政治の妻で右政治所有の建物を使用して昭和三六年頃から「曙荘」と称する温泉旅館を営んでいること、同建物は二階建で階上・階下に数室の客室、階下に帳場および原告等家人の居室等を有し、原告等も右建物内において生活しておること、しかるところ原告等の右敷地の南側を借地している被告が同四三年二月下旬頃から右借地上に原告等建物に隣接して二階建家屋の新築に着手し同年四月中旬頃まで右建築を実施したこと等の事実については、当事者間に争いがない。

二原告等は、被告の前記二階建家屋新築により原告等建物は、その日照、採光、通風を奪われるに至つたが、日照、採光、通風は快適で健康な生活の享受のため必要欠くべからざる要素であるから、被告の右建築行為は原告等の生活利益を阻害するものであり、かつ右阻害の程度は原告等において社会通念上一般に受忍すべきものとされている限度を越えているものであるから、違法な生活妨害ないし人格権侵害もしくは権利濫用として不法行為を構成し、被告は右新築家屋床下部分の土盛りを撤去し、かつ同家屋を原告等建物の日照、通風等を妨げない程度南側に移比すべきである旨主張する。

按ずるに、我国のごとく気象条件として湿度が高く、しかも国民の大多数が木造・畳式の住宅に起居するという開放的生活様式が一般化し固定化している環境の下では、日照、採光、通風の確保ということは快適で健康な生活の享受のために必要不可欠要件であるから、かかる生活利益としての日照、採光、通風の確保は、当該地域が都市再開発区域であるとか、または都心部や商業センター等過密化地帯で土地の集約的利用を必至とし建物の高層化・櫛比化が不可避となつている地域であるとかもしくは被害者において日照、採光、通風等に代わる陽光反射装置や冷暖房・照明・特別換気施設等いわゆる人工的代替的設備の充足が経済的・技術的に極めて容易である等の特殊事情の認められる場合を除いては、対立する法益との適切な調和を顧慮しつつ可能な限り法的な保護が与えられなければならないものである(昭和四二年一〇月一六日東京高判、高判集二〇巻五号四五八頁参照)ことは、けだし疑いのないところである。

ところで、従来日照、通風妨害は、大気汚染、水質汚濁、振動騒音等の生活妨害と異なり、その侵害の態様が何らかの妨害媒体を被害者側にもたらすという積極的なものではなく、被害者が従前享受してきた利益を受けさせないという仕方で被害者の生活を妨害する消極的なものであり、換言すれば日照、通風は被害地固有の権利ではなく、陽光の照射経由地や空気の流動地(以下陽光経由地等と略称する)が未だ利用されておらないという状態に依存する恩恵にすぎないものであるから、原則として被害者は同人が陽光経由地等について地役権等の利用権を有する場合もしくは妨害者が加害の害意を有するような場合を除いては、右経由地における所有地もしくは利用権の行使としての妨害に対し、これを違法視しその排除や予防は勿論、金銭による賠償も請求できないものであるという考え方に立つて日照、通風等の妨害に対する私法的救済の可能性を極めて狭く解しようとする傾向も存したのであるが、かかる傾向は一面土地所有権絶対の立場に傾斜しすぎ、また一面日照、通風の共同資源性を無視するものであつて、にわかに左袒できない。

思うに、日照、採光、通風は、本来万人共有の自然資源であり、いわば自然的な一種の社会資本であつて、独占的ないし寡占的な私権の対象たるにはなじまないものであり住居人に均霑さるべきものであるが、それがわれわれの居住生活との関係においては一定の土地利用を介して享受されるのが通常の形態であり、当該土地の下方(地中)資源である地下水などとパラレルにその上方(空間)資源と考えられ、土地の立体的外延たる性質を具え、当該土地の所有権や利用権の対象に包摂されるものということができるから、日照、通風等の阻害は、一般的には土地所有権や利用権に対する侵害として把握するのが相当であるというべきである。

けだし、日照、通風等の阻害は、通常は大気汚染や水質汚濁等の積極的な生活妨害とは異なり、人身に対する影響が持続的ではあるが、非定型的、間接的であり、なお侵害性の評価が地域的に相対化を免れないものであるから、これを一率に人格権の侵害として構成することは適当としないからである。

しかし、日照、通風等の阻害が、被害者から陽光(太陽光線)を奪うだけでなく、採光(自然光線)まで奪つてしまうような場合であるとか(けだし、光りの無い生活は人間の基本的生存形式と相容れない)、日照、通風の阻害と被害者の罹病(神経性疾患も含む)その他の健康悪化等との間に明らかな因果関係が認められるような場合(かかる場合は日照、通風の阻害が慢性的経過を辿つた場合に多いとみられるが)、もしくは未だ結果は発生していないがその発生が高度の蓋然性をもつて予見できるような場合には、直接的な人身加害として人格権の侵害が成立し、かかる場合は請求権の競合関係が成立するものが相当であるというべきである。

したがつて、日照、通風等の阻害には、かかる複合的な性格が存するものといわなければならない。

しかし、本件の場合は後記のごとく日照、通風の阻害により原告等が神経性疾患を含む疾病に罹り、またはその健康状態に不良変更を来たしもしくはその高度の蓋然性があるものと認むべき証拠はないので、人格権侵害の問題として論ずる余地はないものというべきである。

右のごとく、日照、通風等の阻害は、一般的には当該被害土地の所有権や利用権に対する侵害となるものであるが、反面右阻害行為も阻害者において所有権もしくは利用権を有する土地に建物その他の工作物を建設するという形態において行われるのが通常であつて、いわば権利と権利との衝突であるから、該阻害換言すれば共同資源たる日照、通風等の公平な分配の阻碍が、一般社会通念上阻害者の適正な権利行使の範囲を逸脱するものとみられるか、ないしは被害者の忍容(受忍)の限度を越えると考えられるようなものである場合にはじめて右阻害(侵害)は違法なものとなり、被害者は阻害者に対し、損害賠償または侵害の排除もしくは予防を請求し得るに至るものと解すべきである。

ところで、従来日照、通風等の侵害に対する救済方法としては、金銭による賠償が原則で、侵害の排除もしくは予防は例外とされる傾向が存したのであるが、これは日照、通風等の侵害が一過性のものでなく、持続的・継続的な性質のものであり、したがつて被害者にとつては生じた損害の賠償では救済としての意味がなく、侵害の停止ないし抑制(制限)こそ肝要であり、またその真の願望であるということ換言すれば金銭賠償では到底代替できない性質の被害が寡なくないということに対する配慮に乏し過ぎる憾みが存し、また反面阻害(妨害)者にとつても金銭賠償を負うよりも該妨害行為の自制ないしは改善的方法を講ずる方が、かえつて相対的に有利もしくは容易である場合も存するという事実を全く看過したものであり、日照、通風等の切実な生活利益の確保を内容とする権利(それが法技術的には土地の所有権や利用権として構成されるものであつても)に対する実質的保護に欠けるものであるといわざるを得ない。

なお、日照、通風の阻害者(妨害者)とその被害者は、通常殆んど相隣関係もしくはこれに準ずる関係にあるものであるということも、この種紛争関係の解決処理に当つてとくに重視さるべき要素であり、妨害者(侵害者)と被害者が企業等の一般不特定多衆という疎外の関係にある場合が多い大気汚染、水質汚濁等他の生活妨害と日照、通風妨害とが特に異なる所以でもある。

けだし、相隣関係者は、一時的ないわゆる路傍の人同士でないことは勿論、利害相反関係の内在する取引関係に立つものでもなく、むしろ地縁社会構成の最小単位として緊密な社会的連帯関係(それはて核家族における血縁的紐帯関係に亜ぐものである)によつて結ばれ、調和的共存の指導原理が作用している部分社会であるから、持続的な信頼関係を不可欠の要素とするものであつて、民法第一条の基本原則(信義則、権利濫用禁止)は一般市民社会の不特定成員間におけるとは異質的ともいうべき格段の必要性と適応性をもつて受容されるものというべく、その間には自然発生的もしくは自然法的に相隣関係者は可及的に両立共存できるよう、互いに相手方の立場も顧慮し合い、自己の権利行使も自制し合うという一種の相隣共同関係にもとづく相互顧慮・相互抑制の調整義務が働いているものと考えて差し支えのないものである。

この点について、我民法上直接の明文はないが、同法第二〇九条乃至第二三八条の各条を有機的綜合的に観察するときは、その基底に相隣関係は調和的共存を指向して互いにチェック・バランス・コントロールの調整に服すべきものである旨の法意が一貫して流れておることを優に肯認し得るのであつて、相隣者間に上述のような一種の相互顧慮・相互抑制の調整義務が内在するということ、然らずとするもすくなくとも一般条項たる信義則が相隣関係に作用する場合には右のような理念の形で具体化するものであるということを到底否定し得ないものというべく、相隣関係のごとく半永久的な継続関係を立前とする社会関係の安定には、かかる調整義務は必然の要請でもあるのである。

しかして、前記のごとく日照、通風を相隣関係にある土地の所有権もしくは利用権の関係として構成するのを相当とする以上、日照、通風の阻害者(妨害者)と被害者間にも、当然相隣共同関係における右のような相互顧慮・相互抑制の調整義務がはたらいているものとして、阻害(妨害)行為の違法性の有無やその法律効果等(解決手段等)を判断するのが相当であるというべきである。

すなわち、日照、通風における阻害(妨害)者の害意の有無、阻害(妨害)行為の社会的評価、地域性、境界関係の実情、諸基準遵守の有無、阻害(妨害)行為の態様・程度、損害の回避可能性等受忍限度ないしは権利行使の適正範囲等判定の各要素について検討するに当つては、右相互顧慮等の義務を考慮外に置くことは許されないものといわなければならないし、またかかる紛争の解決は紛争当事者即ち権利行使者のいずれか一方(阻害者または被害者のいずれか一方)の利益を保護し、他方の利益は犠牲にするという二者択一的な解決ではなく、両当事者の利益、不利益の比較考量によつて両者の利益が共に両立しうるような解決こそ妥当を期し得るものというべきであり(この点従来の受忍限度判定基準は、「自己の権利を行使する者は何人に対しても不法を行なうものではない」という権利無制約主義の思想の残滓を遺し調整的な弾力性に欠けている憾みが存する)、かつこのためにはさらにその解決の手段についても従来のごとくこれを金銭賠償と阻害(妨害)排除(差止)の両手段に限定すべきではなく、可能なかぎり多様化された方法が認められるべきである。

例えば日照、通風を遮断している建物について、その施工の一部を改善させ、もしくは材料・材質を取換え・変更させるとか、あるいは両建物屋根の一部にアーケード式の半透明屋根材を用いるようにさせるとか、簡易日照装置(地球の日周運動と季節による太陽高度の変化に合わせ自動的に角度が変る仕掛けの主反射鏡を屋上に取り付け同所で受けた陽光を地上の補助反射鏡で室内に入射させる装置)の設置に協力させるとか、またはかかる装置の取付けを可能にするための最小限の空間を両屋根の間に存置させるようにするとかいうような方法も認容さるべきであるといわなければならない。

三よつて叙上の見地に立つて、以下本件における受忍限度等につき検討することにする。

(一) 被告における害意の有無

原告等は、被告が原告等に対し、故意にその日照、通風を妨害し損害を加える意図のもとに本件二階建家屋を新築したものであると主張し、被告が右新築に際し原・被告等敷地間の境界線を示す目じるしであつた杉の木を含む生垣を夜間ひそかに伐り倒してしまつたり、被告敷地の南側に十分な空地があるのに、わざと原告等建物に膚接して建築し、また両敷地はもともと水はけのよい場所であつて、地盛り等の必要はなく、もし一方に地盛りすれば他方への流水が当然考えられるものであるのに、あえて被告敷地に地盛りして新築家屋の床をことさら高くしたり、被告が日照、通風に対し最も関心と知識を有するところの環境衛生関係行政官で、被告家屋が現状のごとく新築せられるときは原告等建物は旅館としての営業許可が認められない程度その日照、通風を阻害せられるに至るべきことを十分了知していた筈であるのに右新築を敢えて行つたこと等一連の事実から被告に前記害意の存したことを優に推認し得ると主張するが、〈証拠〉を綜合すると、被告が右杉立木を伐り倒したり、床下部分に地盛りをしたりしたこと、同人が保健所環境衛生課吏員であること、被告敷地の南側にも空地の存すること等の事実は認められるが、反面右杉立木等の所有権の帰属が明らかでなく、かつその伐採も必らずしも隠密裡に行われたものでないこと、建築基準法上建築物の地盤面はこれに接する周囲の土地よりいく分高くするように定められており、被告の地盛りは必らずしも不当に高いものとはいえないこと、被告敷地の南側空地部分は被告において将来物置等建築の予定をもつており空閑地として残されるものでないこと等の事実が認められる(以上認定に反する原告本人尋問の結果中の一部は前掲証拠と対比し措信できない)ので、前記原告挙示の事実から被告の害意を推定することは到底できない。

(二) 被告の本件家屋新築行為の社会的評価

被告本人尋問の結果によれば、被告は地方公務員(熊本県保健所環境衛生課勤務)で、本件家屋は同人およびその家族の住家として建築したものであり、その構造、規模は木造瓦葺二階建で建坪五四、一〇二五平方米、延坪四六、七八七五平方米で係争地附近の住宅としては概ね規格的な建物に近いものであることが認められる(右認定に反する証拠はない)ところ、一家族一軒の持ち家ないしはいわゆるマイホーム主義は今日国民多数の平均的願望となつているものであるから、右建築自体は毫も不当とすべき廉なく、むしろ社会的有用性を有するものというべきである。

(三) 地域性

〈証拠〉を綜合すると、原・被告等の家屋、建物が建つている現場は、国鉄鹿児島本線玉名駅から北東約三粁距つた玉名市立願寺字惣荻に位置しているが、右立願寺は自然湧出の温泉地で、北側の小岱山系に連なる丘陵と南側の同市岩崎原の台地とに挾まれるようにして存在するため、市街地として発展する可能性には欠けており、人家は右丘陵の裾沿いに半隋円形に走つている道路の両側附近に集まつて、連珠状の集性を形成している。

周縁部には猶相当数の農家が存在し、中心地区も温泉街の特質として大半は旅館、土産物店等観光関係の業態で、いわゆる純然たる商業地帯ではなく(勿論建築基準法所定の用途地域としての商業地域には属しない)、右道路からやや離れた附近には三階建等のホテル式近代温泉旅館がぼつぼつ建ちはじめているが、該道路沿いには未だ殆んど一階もしくは二階建の低層家屋建物が建ち並んでおるだけであつて、同区全城風致地区に指定され、映画館、劇場その他の盛り場もなく、自動車等の交通も定時バスのほかハイヤーがときたま通るだけで、比較的閑散といつてよく全般に閑静な環境にあること等の事実が認められ(右認定に反する証拠はない)、これによると本件係争地域は、その実態からは建築基準法別表第二(い)項の規制区域に近く、住居地域に準ずるものといつてよく、したがつてその住宅環境は猶日照、通風等の自然資源の享受・利用を相当高度に要求している条件下にあるものといわなければならない。

(四) 加害地と被害地との境界関係

〈証拠〉を綜合すると、原・被告両敷地は、もともと玉名市立願寺字惣荻五六四番地の一筆に属し固有の意味における土地境界はなく、以前は訴外佃冬平が附近隣接地と共に一括して所有者の前記上立願寺区から賃借し、これを訴外大森作太が転借し、さらに被告が昭和二八年頃からその敷地部分を右大森から再転借するにいたつたので、同区では同二九年三月三一日右被告敷地部分については被告との間に直接賃貸借契約を結ぶこととし、なお右敷地の北側残地は前記訴外大森が引続き賃借しておつたので被告賃借地部分を明らかにするためその頃玉名市役所技術吏員坂口英雄に委嘱して現地の測量を行ない、被告敷地部分の面積を実測し(右実測では七三坪八合七勺となつたが、契約書では坂口技術吏員が記載した右坪数73.87の7を1と見誤つたためか借地面積を七三坪八合一勺としている)、被告との間に七三坪八合一勺の土地を昭和四四年三月末日迄の期限で賃料一ケ年につき玄米九斗二升(当該年度の玄米三等建政府価格)相当金員と定めて賃貸する旨の土地賃貸借契約を締結し、乙第三号証(前記測量に係る実測平面図もその一部となつている)を作成したこと、次いで同三六年原告が右大森に代り該敷地を賃借することとなり、原・被告両敷地が南北に隣接することとなつたので、右区では同年九月二日前記坂口技術吏員に再度依頼して現地を測量し実測図(乙第二号証)を作成し、原告との間に、四九坪の土地(実測図では四九坪三勺となつている)を同四四年三月末日迄の期限で、賃料一ケ年につき玄米七斗四升(当該年度の玄米三等建政府価格)相当金員と定めて賃貸する旨の土地賃貸借契約を締結し、甲第二号証を作成したこと、右測量には同区代表者も立会つたが、両敷地の境界については概ね東端は表通りに面した電柱の真北方から中心方向に約一寸位のところ、また西端は杉の木の根の中心から北側約一尺五寸のところ、中間は原・被告両敷地と原告敷地に東隣する現在駐在所敷地となつている土地との三方境になる地点とし、右三点を連ねる線をもつて境界線とすることを確認し、また右境界線に依れば、当時既に建つていた原告建物の屋根軒先の一部が該線を越えることになつたが、当時右境界線南側の被告敷地(借地)部分は空地で子供の遊び場等になつており、被告においても未だその利用方法について具体的な予定を立てていなかつたうえ、その所有者である区の代表者等の斡旋もあつたところより、被告は原告に対し、将来のことは別として当面は右境界線を越えている原告建物の屋根軒先部分につきこれを切除撤去するとか引つ込めるとかいうようなことは要求せず、現状で存置することを諒承することにしたこと、なお同区代表者は該境界線が坂口技術吏員の測量による境界線と符合するか否かについてはとくに対照検討する等のことはしなかつたこと、しかして右三点は本件訴訟係属後である同四三年六月頃同区代表者等が右敷地の境界としてコンクリート標柱を打ち込み再確認した三点すなわち第一回検証(昭和四三年六月三日実施)見取図表示のA1A2A3の三点と概ね同位置で、右三点を連ねる線、具体的には前記電柱の北面から現立願寺派出所建物の南側にある下水溝の南縁内側に沿つて西方に進み前記杉の木の根の中心から一尺五寸北側の地点上を通る線が該境界線となり、かつ該境界線は徳永鑑定人の鑑定(第二回)による被告主張境界線(別紙図面(一)表示のA・O・Yを連ねる線)として表示されている線に相当すること等の事実が認められ、右認定と異なる原・被告各本人尋問の結果中の各一部は前掲証拠と対比し措信できない。

原告は、両敷地の境界は、もと両敷地の中間に生立しておつた生垣の線、すなわち第二回検証(昭和四三年九月七日実施)見取図表示の(イ)(ロ)二点を連ねる線、具体的には両敷地間西端寄りの杉の切株北央点と被告旧家屋の北西隅の柱とを結ぶ線上で、徳永鑑定人の鑑定(第二回)による原告主張境界線(別紙図面(三)表示の(イ)(ロ)二点を結を結ぶ線)として表示されている線に相当するものである旨主張するが、右生垣の植裁者が明らかでないうえ、生垣は将来の技延びや繁茂等を顧慮してその植裁者が境界線より内側に引いて作る場合も寡くないので、一般的に生垣をもつて境界線と推定することは相当でないのみならず、一筆の土地内の借地界は筆界すなわち固有の境界のごとく字図ないし公図上に明示固定されておるものではなく(分筆がないかぎり)、偏に土地所有者との約定によつて定まる流動的なものであるところ、前記のごとく所有者の区は昭和三六年九月に被告が現在主張している境界線が両敷地の借地界になるものとして確認したものであることが認められる(右認定に反する原告本人尋問の結果中の一部は前掲証拠と対比し措信できない)ので、結局原・被告両敷地の境界は前記別紙図面(一)表示のA・O・Y三点を連ねる線と認定せざるを得ない。

尤も〈証拠〉を綜合すると、昭和二九年と同三六年の二回に亘り行われた両敷地の測量に基づく実測図に表示された両敷地の境界線は原・被告いずれの主張のそれにも合致せず、これらとの間に開きの存することが認められるのであるが、実際にはそのいずれをとつても面積上からは僅々一坪に満たない差異を生ずるにすぎないのであるから、かかる場合は前記借地界の性質にも鑑み、所有者兼賃貸人たる区の代表者が現地について明示する線をもつて両借地の境界と判断するのが相当であるというべきである。

そうすると、原・被告間の前記態容等に照らし昭和三六年九月二日頃原・被告間に、被告が原告に対し、原告建物中境界線(借地界)を越えて被告敷地(借地)内に及んでいる一部屋根の越境部分に対応する同敷地およびその上方空間部分について、これを右建物(屋根)所有の目的で返還の時期を定めず、無償にて使用収益させることを容認することにより使用賃貸借契約が黙示的に成立した(因みに他人の土地の上の空間についてその範囲を定めこれを利用することを内容とする権利すなわち空中権は賃借権もしくは使用借権としても成立し得るものである――ジユリスト一一八号一八頁「空中権」参照)ものとみて、さしつかえないものというべく、したがつて借主たる原告は原則としてはその用益終了時すなわち建物の所有を廃するまでは使用借権を有するものといわなければならない。

我民法には、ドイツ民法第九一二条のごとき故意または重大な過失のない侵界建築物に対する土地所有者の忍容義務を定めた明文は存しないので、もとよりこれと同様には断じ得ないが、前記事実関係に照らし、原・被告間に使用賃借関係の成立は優にこれを肯認しうるものであるといわなければならない(最小限所謂事実的契約関係による契約の成立は肯定し得る――注民(13)(4)八五頁以下参照)。

したがつてまた右越境部分敷地について、右と同じく継続的無償占有(使用)の黙認関係を理由としながらも原告が時効により賃借権等を取得ずみであるとする同人の仮定的主張の認め得られないものであることも明らかである。

ところで、一般に相隣借地人は、該借地の境界について、土地所有権者のごとく真摯な関心はないのが普通であり、とくに本件両敷地は同一地番内のこまぎれ的賃貸借により生じたものであつて、昭和三六年九月の現地における借地界確定時までは該境界も必らずしも明確ではなかつた(稲本証人はその以前も境界線は定まつており、前記電柱の真北方からその中心に向い一寸の地点と、杉の木の根から北方へ一尺五寸の地点とを結んだ一直線であつた旨証言するが昭和二九年測量時の実測図によると該境界線は直線ではなく、折れ線として表示されておるのみならず、右実測図の如何に拘らず、右二点を連ねる線を借地界として定めたのであるという点についての確証も存しないので右稲本証人の証言中右の点についての供述は措信し難いし、なお前記のごとく実測面積と賃貸借契約上の面積とが些少ながら相違している――それが実測図表示坪数の見誤りであるとしても――こと等からも境界ないし借地界が当初から明確であつたものとは到底考えられない)のであるから、同三六年原告がその建物を建築した際同人が両敷地の境界線について明確な認識を有したうえ、その屋根の一部が該境界線を越えるに至るべきことを承知のうえ、敢えて該建物を建てたものとは到底断じ難いのみならず、同年九月二日頃所有者である区が最終的に確認し明示した両借地の境界線を越える部分の敷地(および空間)について前記のごとき経緯のもとに被告との間に黙示的な使用貸借が成立してもおる(したがつて、原告には右時点以降使用借権ないし占有権の存することを否定し得ない)のであるから、原告はその建物屋根の一部が客観的に被告との借地界を越えていることをもつて、日照、採光、通風等の生活利益を主張する資格がないものとはいい難く、原・被告間には依然相隣共同関係にもとづく相互顧慮・相互抑制の調整義務が信義則として働いているものというべきである。

(五)規制・基準遵守の有無

(1)相隣規定との関係

(イ)民法第二三四条第一項所定の離隔距離保持について

徳永鑑定人の鑑定(第二回)結果によると、被告新築建物と前記境界線との間の距離は、側壁を基準にすると最短六一糎、最長六七糎(別紙図面(一)表示の甲点で六一糎、乙点で六三糎、内点で64.5糎、丁点で六六糎、戍点で六七糎)で、すべて五〇糎以上の離隔距離を存するが、軒先(屋根の先端)を基準にするときは瓦屋根においては最短二一糎、最長二八糎(別紙図面(一)表示の甲点で二一糎、乙点で22.5糎、丙点で25.5糎、丁点で二七糎、戍点で二八糎)、また中庇式鉄板葺屋根においては最短八糎最長9.5糎(別紙図面(一)表示の甲点で8.5糎)ですべて五〇糎の離隔距離を満たさないことになることが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果中の一部は前掲証拠と対比し措信できない。

ところで、民法第二三四条第一項の離隔距離については、従来境界線と建物の土台敷との間の距離を指すのか(仮りにこれを礎石基準説と名付ける)、建物の側壁との間の距離を意味するのか(仮りにこれを側壁基準説と名付ける)、それとも建物の最突出部(例えば屋根の先端のごとき)との間の距離をいうのか(仮りにこれを最突出部基準説と名付ける)、文理上明白でなく、解釈上も定説をみないのであるが、同条における距離保持の趣旨が元来は相隣建物所有者の自己土地内における建物の築造・修繕・管理等の容易性乃至便宜性の確保ということから出発したものである沿革に徴すると、礎石基準説もしくは側壁基準説をもつて相当とすべきもののようであるが、右立法趣旨が今日においてはさらに空気の流通や日照の確保等保健・衛生および建物保存の目的ならびに延焼避止・消防等防災の目的等多角的な法益の保護が内容とされるに至つている事情に鑑みるときは、最突出部基準説をもつて妥当とするものといわなければならない(因みに昭和四三年三月七日付法曹会民事財産法調査委員会決議は、この見解に拠つている)。

そうすると、被告新築建物は、右見解に立つかぎり境界線との間に同条所定の五〇糎の距離を保持していないことになり、民法相隣規定に違反するものといわなければならない。

尤も原告建物もその屋根が前記境界線との間に相隣規定所定の距離を置いていないのみならず、該線を最短三糎最長三四糎越えているが、この点については該越境部分の撤去を求める後記反訴の項において、さらに検討するが、前記のごとく相隣関係には相互顧慮・相互抑制の調整義務が働いていると考える以上、両者を相関的考察のもとに評価すべきであることは勿論である。

(ロ)民法第二一八条所定の雨水注瀉について

〈証拠〉によると、被告新築家屋は、その西端の一階居間部分に北側(原告側)へ突出するようにして中庇式の鉄板葺屋根を設けているため、同屋根に直接降る雨や同家屋二階瓦屋根上に降りその軒先(雨樋未設備)から右鉄板葺屋根に滴下する雨が同所で最大高さ約六〇糎、最大水平距離一米二〇糎程度はね返り、これが原告建物の南面階下壁面に注瀉し同壁面に侵透してその内部を汚損変色して、いわゆるシミをつくつたり、畳を湿らせたりしており、将来軒先部分全部に雨樋が設けられても、右鉄板葺屋根を現状より約三〇糎程度南側に引かないかぎり原告建物への雨水注瀉は解消できないこと等の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告は民法第二一八条により右雨水注瀉の工作物を撤去もしくは変更すべき義務を負担しているものといわなければならない。

尤も原告は、とくに雨水注瀉禁止としての訴求措置はとつておらないが、該鉄板葺屋根は右のごとく原告建物に対する雨水注瀉の原因となつていると同時に右建物南面階下二室に対する陽光(太陽光線)および採光(自然光線)遮断の最も大きな原因となつているので、右民法第二一八条違反の事実も加害行為の態様として当然考慮さるべき要素たるを失わない。

(2) 建築基準法との関係

〈証拠〉によると、被告新築家屋は建築確認を受けており、建築基準法上は、何ら違反の存しないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(六) 阻害(妨害)の態様・程度

(1) 〈証拠〉を綜合すると、被告新築家屋と原告政治建物との壁体間間隔は、最短七八七糎、最長88.5糎であり、また両建物の屋根のうち被告新築家屋の西北端から東方へ九一糎、同西方へ五八糎計一米四九糎の間(この間は被告家屋は中庇式の鉄板葺屋根となつている)ならびに原告建物西南端から東方へ七二糎および同東南端から西方へ二米八八糎計三米六〇糎の間(この間は原告建物の屋根のみしか存在しない)を除いた爾余の両建物の対向部分は、原告建物を基準とすれば、その西南端から東方へ三米四五糎、被告新築家屋を基準とすればその西北端から東方へ一米四九糎それぞれ該当する地点(同一点)を起点として同点から東方へ約一米二四糎進むまでの間は両屋根(瓦屋根)の各軒先は概ね一直線に相接しているだけであるが、同所に達すと、両軒先は約0.5糎重畳し(被告新築家屋の屋根が原告のそれの上方に互い違いの形状をなして重なる、以下同じ)、さらに東方に進むに従つて右重畳の度合いを増し、前記起点から三米三九糎の地点では約1.5糎、同五米五四糎の地点では約三糎、同七米六九糎の地点から同八米一五糎の地点に至る間では各約四糎宛それぞれ重なり合つており、(因みに両軒先の関係は、これを観察もしくは撮影する位置、角度、被写部位等により一直線に相接しているだけのように見えたりもするが、精密な機械測量の結果では判示のごとく一部は接触しているだけであるが、大部は重畳している関係にあるものであることが認められる)、なお前記被告新築家屋の鉄板葺屋根は、前記起点から西方約一米二糎までの間が平均約12.5糎も重なり合い(被告家屋鉄板葺屋根が原告建物屋根の下方に突き出た形になつている)、同所から酉方約四七糎の間は平方約五糎の間隔で向い合つていること、ところで被告新築家屋の右屋根軒先部には未だ雨樋が設けられていないが、将来右雨樋が設けられるときは、同樋の幅員中約七糎分がさらに重畳する結果となり、前記起点から東方へ一米二四糎の地点では七五糎(同地点に達するまでの間は七糎)、同三米三九糎の地点では8.5糎、同五米五四糎の地点では一〇糎、同七米六九糎から八米一五糎の間では一一糎宛被告新築家屋の屋根が原告建物の屋根の上に重なることとなり、然るときは天空は全く塞がれる形態となること(第一回検証調書添付写真(八)参照)、しかして、原告建物の日照は、その南面する各室において、被告家屋の新築前においては年間を通じ概ね日中の大半に亘つて日照を享受し得られたが、右被告家屋の建築後は、まづ階下ではその西六畳間(和室)は年間を通じて南方および東方からは陽光が全く入らず、ただ二月上旬から四月上旬までの間ならびに九月中旬から一一月中旬までの間に午後西方からわずかながら陽光が入るだけで、その一日間における最大日照時間も三月二〇日頃および一月二五日頃において約一時間五〇分ぐらいであること、つぎに東四畳半の間(洋間)は南方からは年間を通じて全く陽光を得られず、東方から四月上・下旬および八月中・下旬の間陽光を得られるが、その一日間の最大日照時間は八月一五日および四月三〇日頃において約一時間に止まり、また西方からは三月上旬および四月中旬の間ならびに九月上旬より一〇月中旬までの間にかけて日照を得られるが、その量は一日僅か約三〇分ないし四〇分ぐらいであること、つぎに二階では西四畳半の間(和室)は南方および東方からは年間を通じて陽光が入らないが、一月上旬から四月中旬までの間および八月下旬から一一月下旬までの間西方から陽光を得られ、その一日間における最大日照時間は三月中・下旬および九月下旬・一〇月上旬において約二時間三〇分ぐらいであること、また中央四畳半の間(洋間)は南方および東方からは年間を通じて陽光が入らないが、三月上・中旬の間および九月下旬・一〇月上旬の間西方から陽光を得られ、その一日間における最大日照時間は一日約四五分ぐらいであること、なお東四畳半の間(和室)は、南方および西方からは年間を通じて陽光が入らないが、東方からは八月下旬より冬至を経て四月中旬までの間一日最大約二時間四五分の陽光を得られず、西方もしくは僅小時間いわゆる斜めの洩れ陽を受ける程度にすぎず、効率の高い時間帯である日中の陽光は全く遮断されてしまつておる状態にあつて、被告家屋新築の前後により原告建物の受ける日照の程度には顕著な差異が生じていること、つぎに原告建物の南面する各室の採光状態は、二階西四畳半の間(同室はその西側および西南角に遮蔽となるものがなく、窓も二つの壁面に設けられているので、相当明るく、採光上はとくに問題とならない)を除いては、被告家屋の新築に因り昼光率(ある点の照度と、その点を取り囲む天井、壁等建物全体ならびにその他の障害物すべてを取り去つたときにおけるその点の直射日光を除いた全天空光による水平面照度との比を百分率であらわしたもの)が1/10ないし、1/20に減じ、一般に旅館客室に必要な照度基準(七〇ないし一五〇ルックス)を充たすため必要とされている昼光率が、最少限明るい日すなわち全天空光照度三〇、〇〇〇ルックスの場合で約0.25ないし0.5パーセント、暗い日すなわち右照度五、〇〇〇ルックスの場合で約1.5ないし3.0パーセント、普通の日すなわち同照度一五、〇〇〇ルックスの場合で約0.5ないし1.0パーセントはなければならないのに、本件の場合明るい日における前記南面各室(二階西四畳半の間を除く)の昼光率は階下西六畳の間は0.04ないし0.37パーセント(率に段階があるのは窓面附近から室奥に至るに従つて照度が減衰するためである、以下同じ)、同東四畳半の間は0.01ないし0.03パーセント、二階中央四畳半の間は0.02ないし0.15パーセント、同東四畳半の間は1.5ないし4.5パーセントで、以上各室のうち二階東四畳半の間を除いては昼光率がかなり小さく、旅客室に必要な前記照度基準に著しく不足し、暮色の立ちこめた室内という形容が当てはまる状態にあり、当裁判所の検証(第一回)時は夏至が近づいた六月三日の午後三時三〇分頃で、当時若干の薄雲は出ていたものの、晴天で太陽はほぼ真西方約四五度の位置にあつて、強い陽光が西方から照射し、したがつて室内もしくは窓面への入射光はマキシムに近い好条件下にあつたが、階下の西六畳の間およびその東の四畳半の間ならびに二階中央の四畳半の間は、いずれも薄暗く、とくに階下の東四畳半の間は窓辺に接近しても新聞の大型活字が辛うじて判読できる程度の明るさしかなく、同室については昼間も常時点灯を必要とする採光状態にあつたこと、つぎに通風状態については前認定のごとく両建物の壁体間隔が平均九〇糎に満たず、かつ屋根が重畳して上空をさえぎつておる関係上空気が滞り勝ちでその流通は水平方向・上下方向とも不良の状態にあり、階下の二室は年間を通じ畳が湿気を帯びジメジメしていること等の事実が認められ、右認定に反する原告等ならびに被告本人尋問の結果中の各一部は前掲証拠と対比し措信できない。

以上認定の事実によると、被告の二階建家屋新築により原告建物の南面する各室は、いずれも日照、採光、通風に障害を受け、とくに現在家人の居住用に使用されている階下の二室は、殆んど日照(太陽光線)をさえぎられただけでなく、採光(自然光線)も著しく阻害され、また降雨時は隣家(被告新築家屋)鉄板葺中庇屋根からの雨水注瀉を免れない状態にあることが明らかである。

(2) ところで、昭和三六年九月二日頃、被告と原告との間に、原告建物が被告との境界線(借地界)を越えて同人借地内に及んでいる一部屋根の越境部分に対応する同敷地および空間部分(別紙図面(二)表示のA・X・L・M・N・O・Aの各点を連結する線内部分以下同じ)について右建物(屋根)所有を目的とする期限の定めない使用貸借が黙示的に成立したものであることは既に認定したところであるから、原告としても右使用貸借を適法に解約した後でなければ原告の右越境敷地(および空間)部分に対する使用収益を一方的に奪いもしくはこれを妨害することは許されず、また右解約後も原告において該越境屋根の所有を通じて被告敷地(および空間)を占有している限り(それは無権原占有となるが)は、一定の適法な手続によらないで自力救済の挙に出ることはやはり認容されないものといわなければならない。

しかるところ、被告が原告に対し、正式に右敷地(および空間)部分を占有している原告建物屋根の切り取り撤去を求めるに至つたのは昭和四五年五月四日その旨の反訴状を提出した時点(ただし、右反訴状が原告に到達したのは同月七日である)であるから、すくなくとも被告がその住家を新築した当時は該敷地(および空間)部分は原告の占有に属したわけであり、したがつて被告は右住家の屋根を原告建物の屋根に重畳して施工建築している限度において原告の有する使用借権ないし占有権を侵害していることになるものといわなければならない。

しかして、鑑定人徳永和人の鑑定(第二回)結果によると、被告新築家屋の屋根と原告建物の屋根とが向い合つている部分は、全長8.15米で、そのうち相接している部分が1.24米、重畳している部分が6.91米であるから大半が重なつていることになり、かつさらに雨樋が設けられるときは、既に認定ずみのごとく向い合つている部分が悉く重なることとなり、その重なりの度合いも最小七糎最大一一糎となるものであるから、右重なりを避けるとすれば、すくなくとも右幅員だけ屋根軒先を短縮する必要のあることが明らかである。

ところで後記のごとく原告も昭和四五年五月八日以降その建物屋根のうち境界線(借地界)をはみ出ている部分(最小三糎、最大三四糎)について、これを収去する義務を負つているものであるから、右収去によりこれに相当する空間ができることをも考慮(計算)に入れたうえ、南北隣棟関係にある本件建物において相互の雨水注瀉を避け、かつ最小限の上下換気および採光を可能にし(これは両建物の保存目的からも有益である)、なお将来における代替設備施工(反射鏡設置等)上の可能性を確保するためには、すくなくとも軒先間隔を平均三〇糎以上に保つことが必要と考えられる。

けだし、軒先間隔三〇糎という幅は、隣棟相互に雨水注瀉を可及的に避止予防するため、また陽光反射鏡等の設置施工のため――すくなくとも作業員が両軒先間を上下するに際しその身体を容れるため――に必要とする最小限の空間であり、なお〈証拠〉によれば被告新築家屋の軒先すなわち両軒先が重畳関係にある部分は地面から概ね四米の高さにあることが認められるので軒先間隔を前記幅にすれば、原・被告両建物の間には高さ四米、南北幅0.3米、東西幅8.15米(215m×3+1.24m+0.46=8.15m――徳永鑑定人第二回鑑定参照)の空間ができるので、右空間南側の上縁を切点として北側(原告側)に入射する光線の角度を測定(分度器測定)すれば、原告建物の二階部分においては、天井から1/4下の外壁附近において約30°、同1/2下の同附近において17°、同3/4下の同附近において約12°、床面外壁附近において約9°を算し、また同建物の一階部分においては天井から1/4下の外壁附近において約8°、同1/2下の同附近において約6°、同3/4下の同附近において約5°、床面外壁附近において約4.8°を算することが右計測上明らかであり、これを玉名市における太陽位置図(天球上に北緯3.2°55°54''の玉名市の位置を天底点としてとり、これを視点として太陽の天球上の運行軌跡を地平面上に極射影の手法に従つて射像することにより求めたものであつて、太陽高度すなわち太陽を見上げる仰角と、太陽方位角すなわち真南方向からの偏角――因みに原告建物は東へ6°30'約振つているので方位角は―6.5°となる―とによつて任意時間における太陽位置が求められるもの――小林鑑定人の鑑定書九頁〜一六頁参照)と対照すると、日照(太陽光線)の面では、太陽が最も北上する夏至頃の正午を中心とする僅少時間帯においていくらか改善をみられるに止まり、他の季節・時間には殆んど変化が望めないが、採光(自然光線)の面ではすくなくとも階下二室における常時暮色の暗さを年間平均的にある程度改善し得られるものと考えられ、なお上下換気を期待し得ることは、両屋根の重なりが除かれ、両建物間の空間と天空との間が開放されることから明らかである。

以上の事情に基づいて勘案するとき

は、被告側におけるその北側屋根の短縮幅は最少限一〇糎以上となることが望ましい(右短縮の幅を一〇糎とするときは、原告側の前記収去と被告側の右短縮とにより両者の軒先間隔は二六糎ないし三五糎平均三一糎強となり、それだけの幅の空間ができ、原・被告土地利用権下の共同資源となるわけである)ものというべきである。

つぎに原告方の日照、通風の遮断が最も著しい箇所は、前記のごとく南面階下の二室で、就中、階下東四畳半の間は、日照のみならず採光も殆んど望めない状態にあるが、その主たる原因は被告新築家屋一階居間北側の中庇式鉄板葺屋根が原告建物の方へ突出しているためであり、同屋根は前記のごとく原告建物に対する雨水注瀉、壁面汚損の原因となつていると同時に、右階下二室就中東四畳半の間に対する太陽光線(陽光)および自然光線(採光)遮断の主因ともなつておつて、右雨水注瀉の解消には前認定のごとく右中庇式屋根を現状より最小限三〇糎は短縮する必要があるところ、右短縮は同時に西南方からの入射光の量を増すこととなり、階下二室に対する日照、採光上かなりの改善となることが明らかである。

(七)損害回避の可能性

検証(第一回)結果によれば、被告敷地(借地)は、その南側に猶相当の空地部分が存し、建物移転を可能とする余積の存することが認められるが、既に約七五パーセントの出来高(このことは小林鑑定人の鑑定結果に徴し認め得る)で竣工に近い被告家屋を移転することは、たといそれが原告家屋の日照改善のため必要かつ有効であり、技術的にも可能であつても、経済的乃至社会経済的損失が最大であり、また既に説述した諸般の事情に照らし到底これを妥当視することはできないが、前記のごとく北側屋根を一〇糎、鉄板葺中庇(屋根)を三〇糎短縮する程度のことは、建築技術上容易であり、建物の効用を害することも殆んどなく(このことは証人伊藤隆司の第二回供述からも認め得られる)改造費用も比較的寡額で済むと考えられるうえ、鉄板葺屋根は、日照、通風阻害の有無、当否を別としても、雨水注瀉禁止の面から早晩その一部撤去もしくは変更を免れないものであるから、結局日照、通風等の阻害を防止または軽減すべき処置として被告に要求することを相当とせられるものは、既述のごとく原告側におけるその建物南側屋根一部の収去(最短部三糎、最長部三四糎)と共同的相補的関係において行われるべき被告新築家屋の北側屋根および中庇(鉄板葺屋根)の前記程度における短縮措置であるといわなければならない。

原・被告相互におけるかかる方法、程度による建物の変更、改善は単に原告側における日照通風のためだけでなく、建物の保存・防災上双方に互恵の利益をもたらすものであつて、半永久的な継続関係である相隣関係の長期安定に資し、前記相隣共同関係にもとづく相互顧慮・相互抑制の信義則等からも当然肯認されてよいものといわなければならない。

(八) 以上(一)乃至(七)において認定した諸般の事情を綜合して考察するときは、被告新築家屋は、その北側屋根が原告先住の生活利益の基礎となつている同人既設建物の南側屋根に重畳して建築され、同建物所有権、然らずとするも該屋根の占める敷地およびその上方空間に対する同人の使用借権ないし占有(後記のごとく原告の該屋根一部も収去の義務を負うことになるが、それは最小限の軒先間隔保持のため被告の北側屋根一部の短縮と相補的共同的関係において相当とされるものであり――この含みがあればこそ、右収去義務の発生原因である貸主たる被告の使用貸借契約が借主たる原告の用益終了前であるにもかかわらず、有効とされ、また解約権の濫用ないし越境建築物撤去権の濫用として排斥されないことにもなるのである――また現実に収去されるまでは事実上の占有が継続し、かかる占有といえども占有それ自体として法律上の保護を欠くものでなく、本権者の自力救済的な占有排除や同妨害を甘受しなければならないものではない)を妨げ(なお、民法第二三四条第一項所定の離隔距離につき、最突出基準説に依るかぎりは、右距離にも不足することとなる)、ないしはこれら建物所有権や土地(空間)利用権に内在している日照、採光、通風等の生活利益(保護利益)を阻害し、および中庇式鉄板葺屋根が突出して雨水を注瀉し、採光を遮断して、原告の建物所有権や土地利用権に対する侵害となつている態様・程度において、被告の土地所有権行使の適正な範囲を逸脱して権利の濫用となり、かつは原告受忍の限度を越えるものといわなければならない。

しかし、原告等において主張している被告新築家屋の移転のごときは、既述のごとく到底これを妥当視し得ないものであり、むしろ前記相隣関係にもとづく相互願慮・相互抑制の調整義務に照らし、信義則違反となり権利の濫用となるものであるといわねばならない。

また、同家屋の床下地盛り部分の撤去についても、検証(第一回)の結果ではとくに通常の利用方法を越えた高さに達しておるものとは認められず、かつ(一)において触れたごとく建築基準法第一九条の趣旨とも対照すれば該地盛りは到底被告の土地利用権行使の正当な範囲を越えておるものとは断じ難い。

なお、被告が原告建物の二階客室に向い、かつこれに接近した位置に便所を設けておる事実は検証(第一回)の結果によつて明らかであり、それによつて原告等ないし宿泊客が心理的不快感をいだくであろうことは推認し得られなくもないが、反面同便所が水洗式であること、外部からとぐに目立つものではないこと、被告において原告に対するいやがらせ等特別の意図に出たものであるというような事情も窺われないこと(これらのことも右検証結果および証人伊藤隆司の供述によつて認め得られる)等の事実に徴すれば、右便所の設置は未だもつて原告の受忍限度を越えるものとは認められない。

四ところで、原告建物における旅館営業は原告オリエ名義になつているが、同女は原告政治の妻であるのみならず、原告等本人尋問の結果によると、右旅館営業もその実体は夫婦である右原告等両名の共同経営に係るものであり、むしろ経営の実権を掌握している者は夫たる原告政治であつて、同オリエは客扱いその他営業の性質上、経営名義者を女性とする方が適当であるという便宜目的から該営業名義人になつているにすぎないものであることが認められ、また右建物が右原告政治の所有に属するものであることは前述のとおりであるところ、日照、通風等を土地利用権の内容として把握することを相当とする立場をとる以上は、右利用権者の家人等は、前記のごとく日照、通風等の阻害が当該家人の人格権に対する侵害となる等特段の事情が存しないかぎり独立してその侵害の救済を主張し得ないものと解すべきであるから、かかる特段の事情の存在することについて何らの立証がない本件においては原告オリエの主張はすべて認め得ないことに帰するものというべきである。

五以上によれば、原告等の本位的請求は、原告政治において被告に対し、別紙第一物件目録記載家屋につきその一階居間西北部に設けてある中庇式鉄板葺屋根をその北側先端から三〇糎(別紙図面(一)表示の(あ)(い)(う)(え)(あ)の各点を順次連ねる矩形部分)、同二階の北側瓦屋根をその先端から一〇糎(別紙図面(一)表示の(お)(か)(き)(く)(お)の各点を順次連ねる矩形部分)宛それぞれ短縮・改造することを求める限度においては相当であるから、これを認容し、同原告のその余の請求および原告オリエの請求は失当として棄却を免れないものである。

第二第一次予備的請求について

原告等は、第一次予備的請求(代償請求)として、もし被告新築家屋の移転が認められない場合は、原告等としては現在受けている致命的な日照、通風の阻害を免れもしくはこれを緩和するため同人等建物の増改築を必要とするところ、右増改築費用等に金二五〇万円(原告各々で各金一二五万円)を要し、また被告の新築工事以来日照、通風の阻害により原告等が被むつた精神的苦痛に対する慰藉料として原告各々につき各金五〇万円を相当とするので被告は原告各々に対し金一七五万円宛支払うべき義務がある旨主張するが、同主張中、原告オリエに関する分については、これを認め得ないこと本位的請求検討の際判断したとおりであり、また原告政治については、同原告において、被告の家屋新築による日照、通風の阻害が同原告の受忍の限度を越えるものとして求め得る救済の方法・範囲は、右日照、通風等の阻害の程度・態様その他既に検討ずみの各般の事情や相隣関係に働いている相互顧慮・相互抑制の信義則による調整等により前記第一、五において述べたごときものとならざるを得ないもの(それが必要にして十分なるもの)であるから、その態様・程度において遙かにこれを越えるところの被告新築家屋の移転と価値的にひとしいか、それ以上に亘る代替的措置を金銭に見積つてこれが賠償を求めることの認容し得ないことは勿論である。

また、本件には、原・被告両敷地が一筆の土地内のいわゆるこまぎれ的借地であるためその境界(借地界)が必らずしも明確でなくその断定が容易でないこと、両建物軒先の重畳関係の有無・程度等の確定に技術的困難があること、日照、通風等の阻害は非定型的でその把握・評価が至難であること等により原・被告双方の言い分にそれぞれ一応の理由があり、いずれもいちがいには排斥し難いという特異の紛争性が蔵されていたうえ、結局該阻害の同原告受忍限度を越える程度が前認定のとおりであつて、同原告としては被告家屋屋根の一部短縮による採光、通風等の改善によつて一応満足すべきものであり、右限度を越える原状回復は前記相隣関係における相互顧慮・相互抑制等の信義則に照らすも到底許されないところなのであるから、たとえ同原告が本件日照、通風の阻害によつて精神的苦痛を受けたとしても、それは前記程度における採光、通風等の改善措置によつて同時に慰藉されるものと考えるべきであり、同人の慰藉料請求は失当であるといわなければならない。

よつて、原告等の第一次予備的請求はすべて失当で棄却を免れないものといわなければならない。

第三第二次予備的請求について

原告等は、第二次予備的請求として同人等主張に係る境界線(別紙図面(三)表示の(イ)(ロ)二点を結ぶ直線)を基準とし、該境界線から五〇糎の範囲内にある被告新築家屋の部分につき被告に民法第二三四条第二項に基づく収去の義務があると主張する。

当裁判所は両敷地の境界線は原告等主張の線ではなく、前認定の線(別紙図面(一)表示のA・O・Yの三点を連ねる線)であると判断するが、同条第一項所定の五〇糎の距離につき本位的請求検討の際判断したごとく最突出部基準説をもつて相当とする以上は被告新築家屋の北側屋根は最短部で二一糎、最長部で二八糎、同鉄板葺中庇は最短部で八糎、最長部で9.5糎しか右境界線より離れていないので、同条第二項の要件を具備するときは、被告は右北側屋根について二二糎乃至二九糎、同中庇について40.5糎乃至四二糎宛の義務を負うものといわなければならない(尤も原告オリエに対する関係では前認定のごとく、かかる義務を負うべき限りでない)。

しかるところ、原告等が被告に対し、同条に基づく収去の請求(第二次予備的請求)をなしたのは昭和四五年一〇月六日(被告に到達したのは同月七日頃)であり、当事者間にその日時について争いのない原告が本件新築家屋の建築に着手した同四三年二月下旬から同条項所定の除斥期間である満一年以上を経過した後であることが明らかである(日照権を理由とする移転請求の訴をもつて右条項による廃止・変更の請求とみることは許されない)から、結局原告等としては右家屋の廃止、変更となるべきその収去はこれを求め得ないものといわなければならず、同人等の第二次予備的請求も失当として棄却を免れないものである。

第四第三次予備的請求について

原告等は、第三次予備的請求として、被告新築家屋屋根の一部が原告等主張に係る前記境界線を越えて(西端附近で二〇糎、東端附近で一五糎)原告等側敷地(借地)内に侵入しているとし、右越境部分の切り取り撤去を求める。

しかし、当裁判所認定の前記境界線によれば、被告新築家屋は該境界線を越えていないことが明らかであり、また同部分が前記民法第二三四条第一項所定の離隔距離を保持していないことは徳永鑑定(第二回)の結果によつて認め得られるが、前項(第三)において述べたと同様の理由によつて原告等は同部分の廃止・変更となるべきその収去は既に求め得ないものであるから、同人等の第三次予備的請求も失当として棄却を免れないものである。

(乙)反訴について

(一)  反訴原告は、まづ、反訴被告佐々木政治(以下単に反訴被告政治と略称する)は別紙図面(二)表示のA、X、L、MN、O、Aの各点を順次連結した線内部分の土地に入り込み同地域内に同被告所有建物の南側屋根軒先部分を張り出しているが、該地域は反訴原・被告両敷地の境界線より南側に位置し同原告が借地権を有する土地内に属し、同被告はこれについて何らの使用権限を有しないものであるから、該越境建築は不法占有として、同原告の有する借地権に基づく土地利用権の円満な行使を妨げていることになり同原告において右妨害を排除し同地域の完全な占有を回復するため右妨害をなしている同被告建物の越境軒先部分につきその切り取り撤去を求める権利があるものである旨主張し、同被告は該地域は同被告の借地権を有する敷地内であつて毫も越境建築等ではないが、仮りに同原告主張のごとく越境建築であつたとしても右建築後既に満九年を経過しこの間同原告から一度も異議がなく、また何らの要求も受けなかつたのであるから、同原告は民法第二三四条第二項により右越境建物部分の切り取り撤去等を要求する権利を失つたものである等の旨抗弁する。

思うに、同被告主張の相隣規定は境界線より五〇糎の距離を置かないで自己敷地内に建物を建築した者に対するその隣人の権利について定めたものであつて、越境建物については直接その適用があるものではなく、ただ隣人の撤去請求権が権利の濫用となるか否かについての一つの目安として類推適用の余地があるだけであるから、同被告の主張はただちに採用し得ないが前認定のごとく当裁判所は該地域(敷地およびその上方空間)について昭和三六年九月二日頃反訴原告と同被告との間に、同被告の右建物(南側屋根軒先部分)所有を目的とする期限の定めない使用貸借契約が黙示的に成立したもので、借主たる同被告は原則としてはその用益終了時すなわち該建物の所有を廃するまでは使用借権を有するものというべきである。

ところで、使用貸借においては、その無償性の特質から、たとえ借主の用益終了前であつても、貸主たる原告が全く予見しなかつた事情等によつて該敷地および空間を自ら使用することを必要とするに至つたような場合もしくはこれに準ずるような特別の事情を生じた場合においては、借主の返還により被むる不利益が異常のものであつて、貸主の必要性との間に著しく権衡を失するものがあるというような場合を除いては返還を拒み得ないものと解するのが相当である(この点について我民法にはドイツ民法第六〇五条第一号およびフランス民法第一八八九条のごとき明文が存しないが、事情変更の原則の適用等による解釈論として右同様に解することを妨げないものとされている――注釈民法一五巻六号九五乃至九六頁参照)。

しかるところ、本件の場合は、反訴原・被告間に黙示的に使用貸借の成立をみた昭和三六年九月頃は、該係争地は子供の遊び場等になつていた空地で同原告も同所に住家を新築し同被告と南北隣棟関係で相接するようになるというようなことは全く予期しておらず同被告の越境占有部分に対し敷地(宅地)としての必要性をあまり意識しておらなかつたところより安易に右使用貸借の成立を了承容認したのであるが、本件家屋新築により同被告と棟を隣り合わせ、軒先を重ねるにいたり、日照、通風阻害の問題を惹起するに及んで、にわかに該被告越境部分に対する必要性を痛感し同四五年五月四日本件反訴を提起(反訴状副本の反訴被告到達は同月七日)するにいたつたものであるから右地域に対する同原告の必要度には事情変更の原則の適用がある場合に該当するものと考えられるのみならず、同被告は同三六年九月以来全く無償で同地域(空間を含む)を使用占有するという恩恵を得てきたものであり、かつ越境軒先部分の切除撤去により同被告の占有から解放される該敷地および空間部分は、反訴原告新築家屋の屋根および中庇の短縮により生ずる空間と共同的相補的関係において両軒先間隔を拡げ、同被告建物の日照、通風の改善に資することとなるのであるから、該軒先切除が技術的に困難であるとか、あるいはそれにより建物本体部分の効用機能ないし保存に格別悪影響を及ぼすとか、もしくは右切除撤去に多額の費用を要する等のことがないかぎり、借主たる同被告は貸主たる同原告の返還請求を拒むことができないものといわなければならない。

ドイツ民法第九一二条が侵界建築物に対する土地所有権者の忍容義務を規定し、またわが国訴訟の実際においても越境建築物に対する除去請求(所有権に基づく妨害排除請求)が、しばしば権利の濫用とされるのは、右のような場合を前提としているからであつて、本件のごとく建物本体には殆んど関係なく軒先部分の撤去だけで足り、しかも建物所有者の利益も考慮されているような場合には、その適応性がないものというべきである。

しかして、当裁判所の検証(第一回)結果と証人伊藤隆司の供述とを綜合する。ときは、右被告建物軒先部分の切除撤去は技術上容易で同建物本体部分の効用機能にも影響がなく、経済的負担も比較的寡額で済むもののように窺われ、なお同建物は今後も旅館営業の用に供せられるかぎり同業旅館におけける増改築ないし近代化の一般的傾向に同調することを余儀なくされ、その改造等の一環として本件越境建築部分を収去すれば、それは極めて容易であり発展的改造としてむしろ望ましいことであるといわなければならない。

仮りに然らずとするも、自己建物の日照、通風改善のため他人に犠牲を強いる以上は自身においても右目的のため自助の努力を傾けるべきであることは、前記相隣関係における相互顧慮・相互抑制の信義則から当然のことといわなければならない。

ところで、反訴原告が反訴で求めている裁判(申立事項)は該越境軒先部分の切り取り撤去であるが、同原告はその請求原因として反訴被告の該越境軒先部分によつて不法に占有されている敷地およびその上方空間に対する同原告の借地権に基づく妨害排除をその理由にしているので、同原告は結局は右敷地およびその上方空間部分に対する占有の完全回復を目的としてその妨害となつている越境屋根軒先部分の切り取り撤去を求めているものであることが明らかである。

そうすると、前記申立の中には該敷地およびその上方空間の返還を求める同原告の意思表示が暗黙に包含されているものと解してさしつかえがないものというべきであり、またすくなくとも右のような申立は使用貸借契約の存続とは相容れないものであるから、同契約解約の意思表示を含むものともみることができ、当裁判所の認定のごとく昭和三六年九月から反訴原告の右反訴提起時までは同原・被告間に反訴被告所有建物の越境軒先部分の占有地域(敷地および上方空間)について使用貸借関係が存続しておつたものとしても、該契約関係は同原告の右反訴提起(正確には反訴状副本の反訴被告到達)によつて適法に解約されたものというべきである。

然りとすれば、右反訴状副本の同被告到達の日の翌日であることが本件記録上明白である同四五年四月八日以降においては同被告の右敷地及び空間部分に対する占有は権原に基づかない占有となるものといわなければならない。

ただ、問題は、反訴原告は該越境軒先部分の撤去請求を借地権(物権化されたものとしての)に基づいてしているのに、これを使用貸借終了にもとづいて認容することが許されるかということであり、給付訴訟の訴訟物を実体法上の請求権ごとに別個になるものと考えるいわゆる旧説ないし請求権競合説の立場からは、消極的に解さざるを得ないようにも思われるのであるが、他方かかる場合には各請求権(借地権に基づく撤去請求権と使用貸借終了に基づく撤去請求権)は法条競合と同様の関係に立ち、当事者間の具体的請求権としては唯一無二と認めるべきであるとする観点(兼子一・「給付訴訟における請求原因」民事法研究三巻七八、八六〜八八頁、染野義信・「訴訟物の原点」民事訴訟雑誌一五号五五頁等参照)に立つときは、積極に解するを相当とし、むしろ半永久的継続関係である相隣関係の安定のためには、実質的に同じ紛争はなるべく一回の訴訟で片付け安定させるという方向に向つての努力こそ要請せられるのである(新堂幸司・「家屋明渡訴訟と訴訟物」実務民訴講座4不動産訴訟等八頁参照)ということも考慮するときは、反訴原告の請求を前記理由のもとに認容することは許されてよいものといわなければならない。

そうすると、反訴被告は、反訴原告に対し、両敷地の境界線を越えて同原告の敷地およびその上方空間を占有している同被告所有建物南側屋根の軒先部分を収去して該区域を明渡すべき義務があるものというべきであるから、反訴被告の右義務の範囲内で該越境軒先部分の切り取り撤去(収去)を求める反訴原告の請求は相当としてこれを認容すべきものであるといわねばならない。

(二)  つぎに、反訴原告は、反訴被告所有建物の南側窓はすべて両敷地の境界線から一米未満の距離にあるので、同被告は民法第二三五条により右窓全部に目隠しを附すべき義務がある旨主張し、検証(第一回)ならびに徳永鑑定(第二回)の結果によれば、該窓はいずれも右境界線から一米未満の距離にあることが認められる。

しかし、同被告が同所に該窓を設けたのは、前記建物建築時の昭和三六年九月頃で、当時もまたその後も反訴原告からも何らの要求(目隠し設置を含む)も異議も出なかつたものである(このことは原告両名の各本人尋問の結果および証人寺田安太の証言を総合して認められる)うえ、右検証の結果並びに伊藤証人の証言によつてその成立の真正が認められる乙第一号証によれば、同原告新築家屋は、玄関、縁側、テラス、炊事場、庭等がすべて南側に設けられ、同側が開放式となつているのに比し、北側は若干の窓のほかは殆んど壁体で閉鎖式の構造に設計されており、一糎乃至六七糎、東西幅8.15米の狭長かつ僅少な地積にすぎず、とくに利用価値のあるものではないため同原告家人が常時同所に出るというがごときことは全く考えられない場所であるから同側においては右家人の私生活が反訴被告建物南側窓からの観望に曝されるというようなことは殆んどないが極めて寡いとみてよいこと、他方同被告側においては前記南面各窓に目隠しを設けるときは、日照はもとより採光も殆んど期待できない結果となり旅館としての営業の継続自体も危ぶまれるに至ること等の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事情すなわち反訴被告における先住性、反訴原告の満九年にわたる黙認、同家人の私生活露呈の甚少性、目隠し設置による同被告側の損害の異常性等を綜合すると、反訴原告の反訴被告に対する右窓目隠し設置の要求は、前記相隣関係における相互顧慮・相互抑制の信義則に違背し適正な権利行使の範囲を越えその濫用となるものであつて許容できないものといわなくてはならない。

(三)  そうすると、反訴原告の反訴請求中同被告に対し越境建物軒先部分(別紙図面(二)表示のA、X、L、M、N、O、Aの各点を連結する線内部分)の切り取り撤去(収去)を請求する分については相当であるから、これを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきものといわなければならない。

(丙)結論

よつて、本訴中、原告等の請求は、原告(反訴被告)佐々木政治において被告(反訴原告)に対し、別紙第一物件目録記載の家屋につき、その一階居間西北部に設けてある中庇式鉄板葺屋根をその北側先端から三〇糎(別紙図面(一)表示の(あ)(い)(う)(え)(あ)の各点を順次連ねる矩形部分)、同二階の北側瓦屋根をその先端から一〇糎(別紙図面(一)表示(お)(か)(き)(く)(お)の各点を順次連ねる矩形部分)宛、それぞれ短縮することを求める限度においては正当であるからこれを認容し、同原告のその余の本位的請求および原告佐々木オリエの本位的請求ならびに原告等の第一次乃至第三次各予備的請求はすべて失当として棄却し、また反訴請求中、反訴原告(本訴被告)の反訴被告(本訴原告佐々木政治)に対し、別紙第二物件目録記載家屋につき、その南側瓦屋根中別紙図面(二)表示のA、X、L、M、N、O、Aの各点を順次連結した線内部分の屋根を収去することを求める限度においては正当であるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却し、なお訴訟費用は民事訴訟法第八九条第九二条本文第九三条第一項により、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)政治と被告(反訴被告)との間においては同原告に生じた費用の一〇分の二を被告の負担としその余は各自の負担とし、原告オリエと被告との間においては全部同原告の負担とすることとし、主文のとおり判決する。(石川晴雄)

〈別紙省略〉

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